クローズアップ現代
都会の寺だけでなくちょっとしたすき 資金繰りの悪さなどにつけ込む 人がいる。多くは反社会的な人たちかもしれないが 異常な嗅覚を持っている。若者 認知症の人 この都会の寺も然りです。気をつけましょう。
クローズアップ現代
都会の寺だけでなくちょっとしたすき 資金繰りの悪さなどにつけ込む 人がいる。多くは反社会的な人たちかもしれないが 異常な嗅覚を持っている。若者 認知症の人 この都会の寺も然りです。気をつけましょう。
そういう若者はなにを判断基準にしているか
結構テレビやマスコミがアメリカ人やヨーロッパ人のライフスタイルを真似している。ヨーロッパ人は国によって違うがそんなことは知らないらしい。たまにYouTube などSNSで閲覧者が多いものはかなり信じるかもしれ無い。フェイクか真実かは 判断する力はなく 数で勝負カモネギ。 あとは学歴の高そうなリーダー格の単に知識だけがある人のことも意外と信じる。 それからバックボーンがないのでフラフラ迷うが自分で決めたのだからと人の言うことを聞かない人も多いかもしれない。
そういう若者の考えパターンをしっていると コントロールしやすいかもしれないと 私は思っています
現在世界的に目立っている宗教の考え方です。 宗教宗派によって違います。文書化された最初に示された書物の解釈を忠実に信じる考え方です。書物に書かれたことはひとつのことを示していて 指導者が解釈して広めている考え方です。 もちろんそれに賛同しない方はその宗派には入りません。一方賛同しその宗派に入った方はその指導者の言うことに素直に従う傾向にあります。その宗派の倫理観道徳観に従います。 科学的に証明されたことではありません。慈愛とか救済とか貧困をなくすなど
一見良さそうです。一方それを守るために それを信じない人を無視する 排除する傾向にあります。そこが対立を生じることになります。
一見原理主義とは異なるようですが。
スマホに映ったことを何も考えないで 一瞬だけ見ることと似ているかもしれません。
長くなるので不殺生 不妄語を取り上げる。
神のお告げとして勝手に信じ込むより 自分で確かめるのがよい。 不殺生と不妄語を守ると 生き方が楽になる効果がある。考えなくてもよいという効果がある。考えても分からないことは考えないというのがブッダの態度だ。例えば 死後の世界。 不殺生や不妄語は 自我が確立する前に身につけておかないと いけない。自我が確立したあとであるとよほどの転換力がないとだめだ。
ところでモーゼの十戒があるがキリスト教での扱い 英語の表現は知っておいたほうがよい。
英語ではTen Commandments 神のお告げの石板があるらしい。この十戎を守ることで洗礼を受けなくてもキリスト教徒かもしれない。
仏教の五戒は 高野山で500円で暗いなかで授かることできる。 結構どこでも書いてある。この五戒を守る事で仏教徒になったと自覚できるかもしれない。
ブッダの頃
因果 は 同じものがとどまらず次へ移っていくという考えだった。原因と結果があって 同じ我はなく無我だった。
更に 時間の経過があった。原因が先で結果があとなのだ。
それがBC500年頃
さらに進んで龍樹の時代 AD150-250ごろ
空が生まれる
ブッダの考えから時間の経過を取り除いた思想か
とふと思った。因果の後先は考えなくてもよい。因果は常にあるが時間の経過とは無関係に因果があるまたは無い。と言う考え方ではないのか。
般若心経の有名な下り偈。
色即是空空即是色。 この即が龍樹の考え方の基本にあるのでは無いだろうか。
と ある朝思った。2026年5月11日。
五戎の中に 殺してはいけない がある
やりすぎの性行動 やりすぎの飲酒薬物の規定はある。
殺してはいけないと ほかの項目同士の競合または拮抗があるのか ふと思った。ある事件で 子が親を殺す。親が子を殺す。という事件はしばしば見られる 結構性衝動が絡んでいることが多い。そして殺すことが5五戎を破っているが その原因は性衝動を収めるためだ。
また性衝動は他人に隠す。嘘をつく。複雑に絡みあう。
さて 五戒の中で優先順位があるのか 決めなければならないのか。 今のところ分からない
areaの意見として 殺人と親族は無関係とかいてあった。私もそんなことがあっても殺人に至る行為とは別物と考えてきたが 割り切れることができないと思う事もある。わからん。