2017年9月21日木曜日

旺文社数学1 p470

平面の決定
空間において、①~④のいずれかが与えられると、それらを含む平面が、ただ1つに決まる。② 1直線とその上にない点

notes このことを証明しようと思ったら、どうしても 直線 平面 空間 の 論理的な定義が 必要です。

ーーーーーー 読者もこの事実を各自の立体感覚に基づいて納得してくだされば十分です。


私は 各自がではなく 日本語が理解できる人が100%納得できるような気がします。


けれど なぜ そう思えるのでしょうか 不思議だ。


旺文社数学1 p470

平面の決定

2017年9月6日水曜日

諸行は五蘊から

五蘊は生きている人間の感覚の作った情報? この言葉は日本の現代語ではあるが。 諸行になると 人間の感覚情報を はるかに越えている。宇宙の物質とそのへんかを指している。しかし 時間は一方向にながれている。と解釈してよいか

2017年9月5日火曜日

A=B の 意味

プログラム言語(私には昭和50年ごろに大学でならい始めた知識) では A=B かかれていた場合 条件判断つかわれるもの。AとBが同じなら 旗をたてるフラグ1 AとBが同じでないなら旗を立てないフラグ0。 Bの中身をAに移しなさいと言う動作を命令するものがある。 仏陀の見つけた因果の法。Bが限りなくAに近づいていく。最初からある過程をへればBはAであるにちがいないという考え。一般相対性理論の大きな数字でも等価であるという考え方。ほとんど知らないが財務会計のバランス。保険の仕組み。介護保険でいえば要介護度1の人が要介護度1の状態で使う介護サービスの費用。各介護度の合計と事務費 それらを どうやって払うかを決める作業(行政)。国50% 地方自治体25% 保険料25%。などを決める作業。 いろんなところで いろんなA=Bが使われている。 奇跡を信じなさいと言うある種の宗教や 脅し 恐怖政治にはA=Bが軽んじられている。

2017年9月4日月曜日

マハーバーラタ ニカーヤ しょうしんげ

いずれも声に出して伝えるもの
インドやヒンドゥーの国々 上座仏教の国々 日本
インド、バリ、 スリランカ、タイ、ミヤンマ― 日本 言語や宗教が異なるが。

2017年9月3日日曜日

現代に阿羅漢はいるか と 言う質問

答えはわからない。もしBさん自身が阿羅漢となったと思ってAさんに話したとする。AさんはBさんに 本当に阿羅漢になったのなら その証拠を見せてくだい。と言った。Bさんは 証拠を見せることができなかった。すべてを理解した状態が阿羅漢であるから証拠を見せることが出来ないと言ったBさんは阿羅漢でないことになる。そして阿羅漢であると言ったBさんは嘘を言ったことになる。 結局 阿羅漢であると自分で言う人はいない。現代に この人は阿羅漢であると認める人は いるのかいないのか わからない。

金色に輝く仏陀

涅槃教の中に金色に輝く相手を論破した仏がしばしば登場する。瑠璃光の阿弥陀仏もいる。この世にもオーラを感じる人は何人もいる。スターのオーラ 女優のオーラ 国会議員のオーラを強烈に感じることがあった。医者であるとあかしていないのに私から医者オーラを感じると言った人はもいた。言語ではない人間から直接感じるオーラはお経に出てくる仏の光とよくにた もの? 感覚? なのか?

2017年9月2日土曜日

対談 上座部と大乗の交流に期待すること に 行った

2017年9月1日 キャンパスプラザ京都でおこなわれた 仏教国際交流会 インド タイ日本   対談~上座部と大乗の交流に期待すること 
に 行ってきた。背広の大学の先生と剃髪し黄色い袈裟をまとったタイの僧侶 お世話をする日本の在家女性 司会のワイシャツを着た大学講師。フロアから日本語に訳された言葉の意味についての確認の質問。 仏陀の教えを守って出家して暮らしている 僧侶は何を感じただろう。

2017年8月31日木曜日

諸行無常 法 と AI

諸行無常であり 法のみが存在する という 考え方は AIの考え方と よく似ている。ある空間のある場所ある時刻に 観察されたものが どう成っていったかを 記録し どう成っていくかを 考える。 なにが変わればなにがどう変わるかも見つけ出し どう変わって行ったかを観察し どう変わっていくかを考える。それを繰り返す。

日本印度学仏教学学会という学会があるのだ。

平成29年度日本印度学仏教学会第68回学術大会が花園大学で開かれる。覚えておこう。

2017年8月11日金曜日

嘘をつく

嘘をついて平気な人は 人殺しもできます。子どものころに直せなかったら 大人になってもなおりません。嘘をついたことを 忘れる人は 自分の体を維持することも忘れます。早く死にます。 いずれの人も 政治家や 公務員には むいていません。

2017年8月6日日曜日

戦争と社会正義 立命館大学土曜講座

8月5日 初めて立命館大学土曜講座を聴講した。題目がタイムリーだったからだ。広い講堂は満席だった。私と同年代男女が多かった。立命館大学法学部教授で国際法が専門の吾郷眞一さんのお話だった。商取引、国際人権保障の発達によって政治が変わり平和につながって行くのではないかという話だと理解した。SDGs 、ILOの歴史が述べられた。国内の法律と国際法の違い 特にその脆弱性 限界についても述べられた。 フロアからも人間が戦争をしてしまうことは 経済や人権とは別次元にあるのではないかという意見が出ていた。

2017年7月28日金曜日

私は嘘をつかれているのがいや

加計問題で嫌だと思っているのは、首相や官僚がうそをついていることだ。首相は長い間できなかった獣医学部を新設できた と 誇らしく思っていた 矢先の出来事ではないだろうか。もともと獣医学部が必要かどうかをしっかり考える能力はなかったのではないか。加計さん、今治、獣医さんを望んでいる大多数の国民のために なったと 思っていたのではなかろうか。 自分の政治家としての手腕に文句をつけられないよう うそをついている。 官僚は法律、予算を整合性を持って作りあげることに誇りを持っている。 法律や予算は完璧にできたと思っており 議会で通れば 後はどうでもよい、自分が完璧に作ったのだからと思っているに違いない。学歴の低い人でも 自分が作った法律や予算を通してくれるなら、従いましょうと言うことになる。整合性を保つことに 慣れている し 賢いので 与党でも野党でも 追求はしきれない。うそも ホントに見えるようにすることができる。 整合性だけを考えるなら AIに 任せたら どうでしょう。 決算委員会は充実させましょう。 国会を通さなくても 自在になる政令省令で 運用できる法律は作らないでおきましょう。

2017年7月26日水曜日

いいね

いいねを集めながらいいねを判断している アプリケーションは いいねをしたひとの意志をはんえいしているか。

2017年7月24日月曜日

日野原さんに感謝

日野原さんに感謝

亡くなられて もうマスコミに登場する機会が少なくなる。私が忘れないうちに 感謝の気持ちを書いておきたい。私が 研修医のとき 日野原さんの訳した診断学の本を買って読み 実践していた。体系的な診断学の本や問題解決的な診断学が主流だったが その本は違っていた。具体的に診療の仕方が書いてあった。例えば なおることのない死期がせまった癌を持った方の家族に どのように 話すかが 書いてあった。家族とどういうむきで座って話すか なぜそうしたらよいか など書いてあった。 入試、国家試験などをくぐりぬけ 社会性もない 人格者でもない人間にとって よい本だった。その通りにすれば 患者さんや家族とのコミュニケーションが成り立っていった。ありがたかった。 そして 訓練していると ピアニストがピアノを弾くように 診察できるようになるとかいてあった。  ボケや傲りがなければいつまでも 人気のある ピアニストであり続けられると思う。 日野原さんに感謝である。

2017年6月12日月曜日

偈のリズムはどうやって体得したらいいのだろう。

お経のリズム
 ニョウゼーガーモン ナーマンダーブッ
 ニョウゼーガーモン ナーマンダーブッ
 続く

言葉遊び

いずこにて このフン あのフン どちら様
かつらがわ このフン あのフン イタチ様
かもがわで このフン あのフン みやこどり
おにわにて このフン あのフン かりたねこ
トイレにて このフン あのフン わたしです

 
続く

偈のリズムは インド 中国 朝鮮 日本 違うのだろうな。

2017年6月8日木曜日

獄中からの手紙

岩波文庫 獄中からの手紙 ガンディー 森本達雄訳
62p わたしの知るところでは、「ギーター」の第三章にも同じ原理が述べられています。そこには、【神々に】犠牲を献げずに物を食する者は、盗んだ食物を食らっているのだ、と教えられています。ここに言う犠牲とは、パンのための労働の意にほかなりません。良識で考えても同じ結論に至ります。肉体労働をしない者に、どうして食べる権利があるでしょうか。聖書にも「おまえは額に汗を流してパンを得るべし」とあります。 

私見。欲の充満で労働をしてパンを得ることが良いとは言えなくなって来ているのです。

私見。仏教 大乗仏教、テーラワーダ仏教共に 出家者は働いては行けないことになっている。お布施をいただくのは決して労働の対価ではありません。ブッダが考えた最も大事な原理だと思います。

2017年5月8日月曜日

仏教思想のゼロポイント

仏教思想のゼロポイント 魚川祐司 文献を読み 自分でよく考えている
基本スッタニパーダ
労働の否定 生殖の否定