2020年1月28日火曜日

本 国家と上座仏教 タイの政教関係 矢野秀武著

p314 なぜ 国王は仏教徒である と記したか  について
私見
 この著者は 仏教徒の意味を日本で阿弥陀さんを信じる、キリストや神を信じる と 同じようにブッダを信じる人を仏教徒と思ってはいまいか。
 仏教とは 信じるものではない。仏教は出家サンガと在家からなる 人間社会の構造である。 人間がいて五戒をまもる人間が 仏教徒 在家。さらに具足戒をまもる人がサンガで生きることが許される出家者。 五戒を まもらない人は人ではあるが仏教徒ではない。 サンガは律をつくりまもり サンガは継続される。在家からの食糧の提供を受け、寄進を受け継続される。サンガは生産 労働 子作りをしないが 在家の困難に耳を傾けて アドバイスする。決して在家を支配しない。搾取もしない。 在家はサンガに食糧の提供、寄進、人の供給をする。サンガの律に口出しはしない。王制、民主主義体制などの政治は在家の仏教徒、非仏教徒の集合体 沙婆の 出来事。サンガが口出しはしない。
 国王は仏教徒である と いう意味は
 国王は五戒を守っている人という意味だ。

本 国家と上座仏教 タイの政教関係 矢野秀武著

第12章 宗教概念とタイの比較宗教

私見
ヨーロッパ的な政治 宗教の 概念 から抜け出せないから 悩むのである。
 ブッダは王様の子、仏教をひろめたのはアショーカ王 だった。思いかべる。と 矛盾が溶ける。また インドでヒンドゥー化した仏教が消滅した歴史も政治と仏教を考える上で重要なことだ。

2020年1月27日月曜日

国家と上座仏教 タイの政教関係 矢野秀武著

北海道大学出版会 2017年第一刷
この本は読みづらい。
 近代国家は信教の自由を認めている と いう先入観。
 上座仏教がヨーロッパ的な宗教 の 一つではないかという先入観。
 その2つの先入観で勝手に悩んでいる所から 出発している。点である。
 上座仏教のサンガは律でなりたち経済活動はしない。食はもらい物、個人は子孫を残さない。ヨーロッパ宗教の救済的な考え方はしない。国家は人が作ったものである。

 ヨーロッパ的な国家は キリスト教的な倫理観を持つ。 国家は 信教の自由を保障しているが思想の中の宗教信仰の自由である。