2021年2月7日日曜日

フトドキな発想

 サンガの比丘 悪いことばっかりしたので 人気がなくなった。 こつじきをしても 食べ物にありつけなくなった。 

あっそうだ。 お慈悲を見せれば お布施をいただける。空腹が満たされる。

これが 慈悲 の始まり。 菩薩 大乗仏教の始まり では 無かろうか。


2021年2月6日土曜日

アマビエなどの日本にある宗教観

 キリスト教を信じるときは 予言者 聖者の 奇跡を 見て 信じはじめることが多い。人間のできないことを奇跡がしてくれたと思う。それが神の力。

アマビエは奇跡を起こすが アマビエが奇跡を起すと誰も思っていない。 なんでアマビエが もてはやされているのか。  アマビエを見るたびに自分の願いや期待を 思い出させてくれるのです。  見るたびに 自分の願いや期待を 思い出す キッカケを作っているのです。 奇跡を信じているわけではない。奇跡を起こす神や予言者や聖者を信じているわけではない。  

 自分の願いや期待を思い出すキッカケをつくるもの。 それが 日本で広がっている宗教観では ないだろうか。 と 勝手な想像です。  

2021年2月3日水曜日

梵天勧請 続き

 ブッダは新しい法を見つけたもの それを広める自信がなかったのではないか。梵天が支配する娑婆において すべてが悪いわけではなく うまく行っていることのほうが多い。 と ブッダは 見えた。だから 自分の発見した法をすべてに 適応するのをためらった。が なんとか広めたいと葛藤する。そこで梵天の力を借りながら梵天より 優位であると示す。 それが 梵天勧請の正体であるまいか。


2021年2月1日月曜日

梵天勧請 の 部分

 本 阿含経典 2 増谷文雄 編訳 ちくま学芸文庫

p484 2勧請 南伝 相応部経典六、一、勧請・漢訳 増一阿含経十九、一

梵天が世尊をみて法を知ったことを見てとる。そして梵天が世を見て 世尊に偈の形で世尊に勧請する。そして世尊は 世間をみる。世尊は 偈をもって娑婆世界の主たる主たる梵天に答える。 

そのあと 梵天は世尊を礼拝して 姿をけす。


世尊は 娑婆をよく知っている梵天に 娑婆をよく見ろといわれ 納得し 娑婆を見て 自分が発見した法を 娑婆の人に説き始める ことになった。さらに その世尊を梵天はみて拝んで消えていった。と書いてある。

「つもりこれは 娑婆のことを 世尊が梵天から引き継いだ。 というとこと みなに知らせるパフォーマンスだ。」

と 私は考える。


その前の梵天相応p480 では

法を発見した仏陀が だれも 聞ける人がいなくなって すごい孤独にさいなまれる。それを梵天が仏陀を慰める。