2020年4月27日月曜日

本 百済寺物語 川上敏雄著 愛東町観光協会発行

1999年5月31日発行
百済寺とその周辺のことの 歴史を 地元のかたが書いた 本だ。
百済寺 とかいて 読みは 二通り。
1、くだらでら
2、ひゃくさいじ

これはどちらも正しい。 もともとはくだらからきた人たちが開いた寺。その後天台宗となってひゃくさいじとなった。ということらしい。
この本 p16 この地域の人の 名前 平群氏、秦氏、調史氏、紀氏、韓国氏 が 散見している。
p12  百済寺は30年に一度秘仏十一面観世音の開帳がなされ秘仏のお姿を拝することができる。その開帳の行事の中に縁起説きという行事があって、十歳前後の男の児を郷中から選んでこの縁起物語を暗誦する行事である。。。。。。。。。。
百済寺縁起物語の内容は次のようである。

この中に出てくる言葉を あげてみたい。
聖徳太子、山猿、観音菩薩像、推古天王、十一面観音、高麗、釈迦如来、五戒十善、衆生を利益し、百済國、竜雲寺

p18
 大般若経の完成が、寛治3年1089の供養記によると、平安時代中期には天台宗百済寺(ひゃくさいじ)となっている。天台宗延暦寺の末寺となっている。

私の妄想。ここにも推古天王の時代には高麗や百済など朝鮮半島から観音信仰の仏教を携えて住み着いていた。 平安時代中期に天台宗、京都の寺社の権力、荘園運営が盛んになって天台宗百済寺となった。

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