2020年5月5日火曜日

本 観音さま 鎌田茂雄著 講談社学術文庫

日本仏教 聖徳太子の時代 百済観音をはじめ 観音さまが大切に扱われている。
平安中期 天台密教や真言密教となり、大日如来、お地蔵さま、不動明王が流行し、さらに平安末期より阿弥陀如来、 さらに南無阿弥陀仏となり 現在に至っている。 日本の仏教で拝む対象が時代とともにその中心が変化している。 現代の学者が観音さまをどう見ているかを知りたく思いこの本を 読むことにした。

 このかたの仏教の考え方のよくわかるところがあるので紹介する。P18
「しかし、たとえ嫌いであろうとなかろうと、無我のこころで接するのが慈悲というものである。少しでもエゴイズムが動くとき、慈悲心は消滅する。無我のこころで接することによって無限の慈悲が働くのである。慈悲が仏の心であり、観音のこころであるということはこのことを意味する。」

 私は 「無我はこころではない。」と 思っている。慈悲もこころではない。仏のこころもない。と 思っている。  こころや情緒の ことの様に この作者は 考えている。  この考え方は明治以降の鈴木大拙や和辻哲郎などの 仏性を唱えている 仏教の捉え方であると私は思っている。 仏陀の教えはこころは因果の一つの現象として捉えていると 私は思っている。無常である。 情のことではない。

 しかし、考え方は異なっても 仏教の歴史上観音がどこで登場し、日本に伝わってきたのかは知りたい。だからこの本を最後まで読もう。

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