2020年3月7日土曜日

また 当たり前のことですが

どの宗教も政治も 生きているものは死んでいく。生きている間に人にそれを伝える。ということが前提。
生きているうちにそれを伝えないと宗教は消滅します。政治も消滅します。生きているうちは多様性があってよいのですが、死んでしまうと多様性もありません。 
仏教用語では 因果 法 と 言いますが、ブッダでも変えられないと言っています。死ぬのが目的という宗教が中にはありますが 生きている間に人にそれを伝えたから 宗教として残っているのです。

2020年3月6日金曜日

圓仁の唐

大事なことをメモに。整理しておく。

現在の日本仏教に

比丘や比丘尼には おらず ほとんどの坊さんは沙弥か 在家 。仏教徒でない人もいるかもしれない。 しかし、日本仏教の僧は僧。聖も僧。

2020年3月5日木曜日

違う記述

中公文庫 入唐求法巡礼行記 巻第二 p365 
上段 巻第二 数十遠来沙弥  
下段 巻第三 数十人

いずれも 僧の固有名詞はないが 上段は遠くから来られた沙弥とある。えらい違いだ。

本 入唐求法巡礼行記 圓仁 深谷憲一訳 中公文庫

P347 4月24日。、、、、、両嶺普通院に着く。院主は不在で自分で食事を作って食べた。この院ではいまだかつてかゆや飯がでたためしはないという。近年のイナゴの災害でいま食料がないからである。

AD640年 唐 そんな時でも外国人が旅行できた。ゲストハウスもあった。

2020年3月4日水曜日

本の発行日

入唐求法巡礼行記1(全2巻) 東洋文庫157
 1970年2月28日 初版第1刷発行 校注者 塩入良道 発行者 関口秀紀 平凡社
入唐求法巡礼行記2     東洋文庫442
 1985年2月25日 初版第1刷発行 校注者 塩入良道 発行者 下中美都 平凡社

2巻の6pに
 十四日、夜、惟正・惟暁は数十(人)と共に白玉【戒】壇(上)に於いて具足戒を受く。

1巻の終わりp286
 廿五日、雨下る。、、、、、、、 五臺山を巡礼して供を送る人、僧尼、女人共に1百余人、同じく院に在って宿す。

日本に天台宗 密教 修験道 では 女人結界 と 言って 女性は 遠ざけられていた。 一方 マハーパジャーパティー 最初の比丘尼 ショバラニダシュ著 福田琢訳 法蔵館 を 読んでいただきたい。インドのサンガの考え方では 女性が差別される存在ではなかったことがよくわかる。 インドの阿含経 涅槃経 に アーナンダと世尊の話が書いてある。世尊は女性を差別してはいない。

 円仁は 1巻の終わりの 同じく院にあって宿す。(と 大変驚いたに違いない。)私は思った。 1巻はそこで終わっており 2巻のはじめに 具足戒のことが1行だけ 書かれている。 
 1巻と2巻の初版の発行が 15年 も 離れている。15年の間は不思議だ。

2020年3月3日火曜日

用語解説

日本では 戒律 を ひとまとめにして 考える傾向にある。
戒 とは 仏教信者に なるための 生活習慣
律 とは 仏教サンガを 維持するためのサンガの中での規則
具足戒 とは 仏教信者が 仏教サンガのメンバーになるための儀式または規則
仏教の出家者とは 仏教サンガに属している人
在家者は 仏教サンガに属していない人で仏教信者の人。 仏教信者でない人が在家者かどうかははっきりしない。

法律や憲法は仏教サンガに適用されない。現在の国家の治外法権とよく似ている。

以上より 仏教とは ヨーロッパ的な宗教では なく 人間社会の構造あるいは一つの形態 と 考えると わかりやすい。