2022年11月18日金曜日

本 平安の秘仏 滋賀らくや寺の大観音とみほとけたち 東博の図録

 東博の図録を見ていると 平安の秘仏というものがあった。 以前から気になっていた秘仏。

日本には 独特と仏像がたくさんある。一つの彫像が何で仏像になるのか。そして何で秘仏とならなければいけなかったのか 大変興味のあるところだ。 図録をチラッと読む限り その回答は得られない。 寺にあるから 仏像である。仏像の定義に合っている。見た目が美しい。宗教的雰囲気が漂っている。などによって 展示されているのかもしれない。

岸田首相と習近平主席との会談が行われた。

 日本と中国の関係は 振り返ってみれば 仏教を通した関係が多い。

古くは 仏教が日本にやってくる前は 中国大陸、朝鮮半島から 波状的に日本列島に大量の人がやってきている。DNAの変化として 残っている。

そのご 仏教が日本列島に入ってきてからは DNAの変化は みられていない。

つまり 文化や人間の行動として 仏教の影響がみられる。仏教はDNAの変化はもたらしていない。   物部氏と仏教を信仰した蘇我氏。その後 篤く三宝を敬えと言った聖徳太子、遣隋使を派遣している。

聖武天皇のときその娘の天皇のとき鑑真和尚を日本に招いている。 桓武天皇が京に都を移したのは仏教の乱れということになっている。 平安中期なって ようやく遣唐使が廃止されている。 そこからが 日本独自の仏教の確立 更に日本文化の構築ということになる。 神仏混淆も進む。  文化、宗教が落ち着いて末期的になったのが江戸時代。 明治になって 武士道や暴力的行動と神仏混淆した仏教が 強烈に結びついて 中国大陸への侵略に手をかすことになる。

以上のように 日本と中国との関係は文化、宗教、政治の上で長い間くっついたり離れたりしているのだ。遺伝的には大和政権になってからは変化はない。

 

2022年11月13日日曜日

本 インド密教史 田中公明著 春秋社

 日本の仏教:浄土真宗などの阿弥陀信仰、お大師さんの真言密教、比叡山の天台密教から出た宗派、お不動さん、神仏混交など土着の神さんと仏教の宗派と結びついたもの、観音さん、お薬師さん、弥勒さん、お地蔵さん、弁天さん、葬式仏教、葬儀社仏教 など 周りをみても 結構幅広い。ブッダの初期仏教に近いテーラワーダ仏教上座仏教は ほとんど見られない。 最近はマインドフルネスや唯識など 仏教系の思考もはやりだ。

 スリランカ、タイ、ミャンマー、ラオス、カンボジアなどは テーラワーダ仏教上座仏教が多い。 中国、ベトナム、韓国、台湾も 大乗仏教系が多い。チベット、ネパールは日本とは少し違う密教系だ。

当のインドは 初期仏教から密教に代わりそして 仏教信者も仏教サンガもほとんど 無くなってしまっている。

暴力的、性欲の崇拝や秘密、死後の世界を信じるなど 初期仏教には見られない 部分を持っている 密教。その源インドの密教は ぜひとも知っておく必要がある。 また 密教系の仏教が広がる先は 仏教の消退かもしれないと インドを見るとそう思ってしまう。 だから インドの密教を知ることは重要なことではないかと思う。

 と 私の以前からの考えだ。


 

2022年11月4日金曜日

本 親鸞と日本主義 中島岳志著 新潮選書

 戦前の日本軍と親鸞の信仰がつよくむしびついて行った。例を上げて詳しく紹介されている。自身の苦悩を 自身で解決できなかった人々の歴史だ。それは 歴史を見てわかるように 沢山の人を死にいたらしめた。 そのことについて 反省したのかどうかは分からない。 思想的には紆余曲折があるが 最終的には。

法蔵菩薩の本願は天皇の大御心に一致。

辛くもなく悩みもない。すべて他力。


2500年前 ブッダが発明した仏教とはほど遠い。

殺してはいけない 論を論じてはいけない。

出家者は性交してはいけない。考えても考えられないことは考えない。想像に頼らない。 出家者は私服を肥やさない。 などなど。 

いけないことをした人々の事が書いてある。 声の大きい迫力のある人が 優位に立っていた。 そして全国民を死におとしめようとした。

読んでいてヘドが出るようだった。



2022年10月21日金曜日

ミュージックビデオ ブッダのように私は死んだ 坂本冬美 歌 桑田佳祐 作詞作曲

男 セックスに対する渇望。みたらし団子や箸、テレビという日常、現実 と 並行して渇望が表れている。一方 渇望がいっぺんに 自死で消失させる願望が 出現する。 まさに、日本仏教、大乗仏教の世界である。 インドの2500年まえの 仏教は 殺してはいけないと言っている、出家者はセックスは禁じられている。 

この歌は軟弱ではない。桑田佳祐が日頃感じている 仏教を 正直に表現しているよう思う。

2022年10月16日日曜日

本 親鸞と日本主義 中島岳志 著 新潮選書

 電車の中で 本を読むことができた。 2500年前にブッダが発明した仏教。 それに比較すると この本に登場する日本人の 考え方の なんと いい加減で 独りよがりなことか。

三井甲之 蓑田胸喜 倉田百三 など など 。

五戒 因果 が 書かれた ニカーヤ その単純で明解な真理 に 比較すると あとに書かれた大乗経典や 論。 それらは 言葉に酔いしれた 想像の 産物ではないかと思ってしまう。


親鸞のといた論までもひねくりまわしている。 ブッダの教えから はなれていく。そして真実ではなくなっていく。

五戒を守る 小児期より身につける。 

論を論じない。

死後の世界など考えても考えつくせないものを 勝手に想像し 更にそれを人に押し付ける。 それはしてはいけないことなのだ。



以上 あらためてブッダの教えの偉大さを 知ることとなった。



2022年10月4日火曜日

本 親鸞と日本主義 中島岳志 著 新潮選書

 以前から気になっていること。

1浄土真宗の僧侶が従軍の宗教家として戦争に加担していたこと。

2蓮如の武装した姿 平安末期からの 僧兵の活躍    

3浄土真宗の僧侶の妻帯 性行為の結果としての跡継

4僧侶のきらびやかな衣装

5東西本願寺の巨大建築物

6立派な僧侶が生前から活躍し尊敬され死後もたたえらること

などなど 中島岳志さんは それらが 絶対他力 によるものだと言っているかもしれないが果たしてそうなのだろうか。 もともと 嘘や脅して 大乗仏教が 始まったことと関係しているのだろうか とも 考えてしまう。  どうやって検証していけばよいのか

今のところわからない。