2022年2月27日日曜日

本 日本史年表・地図 児玉幸多編 吉川弘文館

 古墳、骨、埋蔵品からわかる事実。 学者の想像、寺の言い伝えの 事実かどうかはっきりしない事柄。 両者を はっきり区別して 本を読まないといけない。また はっきりしない事を引用する場合その旨を掲載。しなければならない。論じている事と事実を報告している事ははっきり区別して掲載。しなければならない。理科系の科学論文では 形式が決まっているが歴史書など文科系の書物ではいい加減だ。主張や先入観が強すぎる。権威に従わないと発表すら出来ないかもしれない。  特に 天皇家の成立、日本仏教の確立までの 事柄、歴史についてはその傾向が強い。と私は思っている。

年表眺めて見たい。

BC565-478 シャカ

BC550-479孔子

AD30キリストの処刑

AD25-220後漢

67 仏教が中国に? ガンダーラ美術

105 蔡倫 紙を発明

226 ササン朝ペルシャ

208赤壁の戦い

234 諸葛亮孔明

330 コンスタンティノープル

367石上神宮七支刀  百済と通交 

375ゲルマン民族の大移動

391-412高句麗好太王 広開土王

395 ローマ帝国の東西分裂

       前方後円墳

399-416法顕のインド旅行仏国記

425 仁徳天皇陵

462 稲荷山古墳出土鉄剣

雄略天皇

雲崗石窟掘り始め 道教の成立

486フランク王国の建設

554 百済の聖王新羅との戦いで戦死

538-552仏教伝来

589隋が中国を統一

593 難波四天王寺建設 聖徳太子摂政

607小野妹子遣隋使 法隆寺建設
610マホメッドのイスラム教

618隋が滅び唐が興る

630犬上御田鍬遣唐使

633ー645 玄奘三蔵大唐西域記

642ササン朝ペルシャ滅ぶ

645 蘇我氏滅ぶ


634? 夢殿

660 中大兄皇子水時計

663白村江の戦

669藤原鎌足

685 法起寺

686 園城寺三井寺

712 古事記

713 風土記

720 日本書紀

715 越前気比神宮

712-56 唐玄宗皇帝

749 行基

752東大寺開眼

755-763安禄山の乱

759万葉集

759唐招提寺鑑真

762李白

765大和西大寺建立

768春日神社

770 阿倍仲麻呂

785大伴家持

788 最澄 比叡山延暦寺

780西大寺資材帳

794平安遷都

801坂上田村麻呂蝦夷

805最澄天台宗 高雄山神護寺

813興福寺南円堂

816 高野山金剛峰寺

846 西大寺炎上

847円仁帰朝

860 石清水八幡宮創建

899東寺真言院両界曼荼羅

907 唐滅ぶ

936高麗 朝鮮半島を統一

938 空也 念仏宗

718 薬師寺



2022年2月24日木曜日

本 古代東国の仏教 法相宗徳一の教化を中心に 内山純子 著 青史出版 東国における仏教諸宗派の展開 内山純子著 株式会社そしえて

 日本列島への 大陸 朝鮮半島などからの 波状的 民族部族個人の移動 と 仏教の定義 に関して 近年 様々な 理解が 進んできた。 

いぜんの 考え方で 書かれたのが タイトルに挙げた著書だ。 最近の考え方で行くと無理なく 説明できるようなことが沢山ある。

1最初から奈良や京都に天皇中心の国家が存在していたわけではない

2仏教伝来とはっきりしたものがあるわけではない。仏教を信仰する在家信者や単身の比丘が日本人列島に 波状的にやってきた。もちろん東国にもやって来た。

3 具足戒が行われ在家と出家という2重構造の社会を仏教としたと考えると すっきりゆく。

4具足戒が必要なく 得度や大乗戒で僧侶となれる仏教が 仏教と考えていては理解できないことがおおい。  それらは平安中期以降日本で独自に発達した仏教である。

5 日本独自の神仏混交があるが、それが成立していくのは 2で述べた仏教と各地に存在した神様信仰が 合わさっていったと考えると良い。

以上のことを念頭に置いてこの2冊を読んでいこうと思う。


2022年2月15日火曜日

渡来人という言葉

日本史の時間では 古代や奈良時代には 渡来人という言葉がよく使われる。  多くは 何等かの理由で 朝鮮半島から 日本列島にやってきた人々のことを指している。 奈良盆地にあった 政権の人々から 見ると 朝鮮半島から やってきた人びとが 渡来人ということになる。 現代日本では渡来人という言葉は使わない。日本列島に住んでいる人からみると あらたに 日本列島にやってきた人をどう読んでいるだろう。外国人、移民、移住した人、移動してきた人、入国したひと。   

 仏教伝来という言葉があるが、日本列島のどこに、何が入ってきたから 仏教伝来というのだろう。  

 縄文人がたくさんいた日本列島に たくさんの 人が 朝鮮半島などからやってきた。 最初は仏教を信じていない人びと。 その人々が 奈良盆地に 定住、縄文人との混血も繰り返す。 そのあと 仏教を信じている人が 日本列島にやってくる。 信仰をもってやってくる。仏像を持ってやってくる。漢字で書かれたお経をもってやってくる。それらが 仏教伝来と呼ばれる現象ではないのか? その移民のことを渡来人と呼んだのか?

2022年2月3日木曜日

本 仏菩薩の名前からわかる大乗仏教の成立 田中公明 著 春秋社

 久しぶりの仏教関連のまじめな本だ。 うそにうそを塗り固めた 日本の一般向け仏教書が ほとんどだが この本は 久しぶり に まじめな方が ゆっくり調べて 出版している。どの宗派とも 利益相反はなさそうだ。 日本列島に仏教が伝わったり、仏教を信じる集団がやってきた 6世紀には ほとんど 大乗仏教は 完成していたと思われる。 残っている仏像を見ても 弥勒菩薩、なんちゃら観音 などが 多い。さらに密教も平安初期には入ってきて、日本は大乗仏教で埋め尽くされてしまった。そんな中で 近代現代のイギリス、フランス、アメリカなどから 大乗仏教以外の 経典やサンガ、律 などの 報告が 大量に日本やってきた。日本の研究者も盛んに 研究をするようになった。 日本人の大多数が信じる 浄土教、大乗仏教は どこで どんな風に始まったのか 誰もが 知りたい 事だ。 著者は 大乗仏教のお経さんの冒頭に書かれた、菩薩などのなまえ、 曼荼羅に書かれた無数の菩薩に 目を向けている。対告衆と呼んでいる。 お経に目をむけると 冒頭に たくさんの名前が出てくる。 中身の貧弱なお経の権威を高めるために たくさんの 菩薩たちが集まって賛同したと書いてある部分だ。 はやく 中身を言うたらどうなのかと思うくらい、ぐっちゃらぐっちゃら 名前が 続くのである。  著者は その 名前に注目して 権威を与えた 、言い出しっぺは誰なのかを 追及して、研究しているのだ。

 文献もコンピュータ検索が可能になってきて、 結構自宅にいて 研究もある程度できるようになってきている。  

どんな 風に展開していくのか 楽しみだ。 私は サンスクリット語 も 漢文もちんぷんかんぷん、仏像の記憶もあいまい。  研究者の調べて考察したことを かじっているだけだ。


2022年1月31日月曜日

本:コーランには本当は何が書かれていたか?カーラパワー著 秋山淑子訳 文藝春秋 

 読み進めるに従って 嫌になってきた。 言った言わない。書いてあるが解釈が異なる。男が悪い女が悪い。   キリスト教 イスラームともに 歴史が浅いからなのだろうか。仏教ではとっくに解決済みのことを  ぐうたら言っているのではないかと 思えてきた。

 仏教では 比丘サンガと比丘尼サンガが 別れている。 アーナンダがブッダに必死に頼んで 比丘尼サンガを作ってもらった。

マハーパジャーパティー: 最初の比丘尼 単行本 – 2015/9/10

ショバ・ラニ ダシュ (著), Shobha Rani Dash (原著), 福田 琢 (翻訳)

この本にその経緯が詳しく書いてあります。 ブッダは 愛欲を消すことはできない。愛欲が大きくなると 真理を追求することができないと 考えていたようだ。 だから 比丘サンガと比丘尼サンガをわけて 作った。   男が優位とか女が優位とか、差別するとか そんな 考えは毛頭なく、愛欲の強さから 出家者を 開放するために分けたのだと 思われる。 日本に伝わった大乗仏教では いつの間にか 男性優位になってしまっている。年貢、税金の取り立てが世帯単位であったためそうなってしまっているのかもしれない。  一方、日本の寺では 坊さんは女好き、稚児好き、同性愛者が 当たり前の様に考えられていたようにも思う。 

 紆余曲折はあったが 日本は概ね男女を差別して考えることはなく また 愛欲すら 否定はせず、 必要なもの と している。  キリスト教やイスラームとは 全く違う。 

2022年1月29日土曜日

本:コーランには本当は何が書かれていたか?カーラパワー著 秋山淑子訳 文藝春秋 

 本題から外れるかもしれないが、私の感覚と異なる古い西欧的な考えが わかる箇所。

第10章「女性章」を読む

p262

コーヒーまではいいが、それ以上のことはそうした集まりでは禁止なのだった。ひとたび菓子類を許すと、お菓子焼き競争やおもてなし競争が始まるからだ。


コロナで自主規制するのと、緊急事態宣言によって法的に行動の規制が行われるのと、罰則規定のある戒厳令と どれを選ぶのか というときの一般大衆の動きを予想するのに 役立つような記述だ。 古い西欧的な考えでは規則があるときちんと従うが規則が取り払われると 競争などをして 何をしでかすか、どうなるか 予想がしにくい。 なんせ、競争が好きなのだ。

2022年1月26日水曜日

再び同じ本 変わるイスラーム源流進展未来 レザーアスラン著 白須英子訳 藤原書店

 この本の日本語訳のまえがきには イスラムの歴史 ウサマビンラディンがなぜ現代に出てきたのかがわかりやすく短く書いてある。

1.イスラム イスラームの 祈りその他生活のすべてを指導する神学校があり学者がいた。手引書が イスラーム法シャリーア。  わからないことがあれば 学者先生にお伺いを立てた。

2.宗教改革現象がかつてキリスト教、ユダヤ教で起こったがすでに終わり、現在イスラム教では進行中である。結果として宗派、分派、分裂が生ずる。 信仰の意義を 定義するのが 機関であるか 個人であるかに 起因する。 この著者の論点の特徴であり 理解するのに時間がかかる。

3.預言者アブラハム モーセ、イエス、ムハンマドは あらたしい宗教機関ないし制度習慣を創設し宗教改革を先導した。そしてあたらしい宗教機関、宗派が出来上がってきた。

4.イスラームは 今まで 単独の宗教権力機関を持つことはなかった。 キリスト教は長期間に渡って政治宗教が 一体となってきた。宗教権力機関である。 ローマ教皇、バチカン。

5.ムスリムの宗教指導者 学者先生は あくまで学者であって聖職者ではなかった。宗教的知識を 独占してきた。

6.現代、西欧とイスラムの国境を巡る争いを継続的に行ってきたが それに変化が出てきた。

7.世界的な識字率の上昇。企業、文化のグローバル化、インターネットの発達 。これらは 伝統的宗教機関の宗教的権威を侵食していった。

8.それまでアラビア語に限定されていたクルアーンが 多言語に訳され 男性、女性にどんどん開放されていった。宗教的権威、知識ともに 開放されていった。 キリスト教が教皇権威が失墜し聖書ならびに 聖書の教えが開放されていったのに 似ている。本や印刷術が大きく貢献していた。 

9.インターネットの発達、利用 は 宗教指導者の秘密の知識を 殆どの人に

開放していった。 イスラムに対する疑問が 簡単に ネット情報を見ることによって解決するようになった。 学者の権威は失墜、権威に頼ってお伺いを立てるより、自身が調べて自分が判断するようになっていった。   法的見解を探し求めるムスリム。という 存在が現れ増加した。

10.そういう宗教的個人主義を求める人々の中から ウサマビン・ラディンが登場してきた。 ウサマビン・ラディンは自分自身の法的見解を発行すると それに 賛同する人がたくさん出てきた。 なぜ賛同するのかは まえがきでは 書かれてはいない。 しかしウサマビン・ラディンの 見解は ジハードに対する原理主義的再解釈であったと著者は述べている。


以上がこの本のまえがきの要約と私の感想である。