勿論最初の 阿弥陀如来への呼びかけと阿弥陀如来への帰依は 核心。
他には、
能発一念喜愛心 不断煩悩得涅槃
本願を聞いて心から喜ぶことができれば 煩悩をたたなくても涅槃に行くことができる。
道俗時衆供同心 唯可信斯高僧説
みなさん出家在家を問わず心を同じにして 高僧の言っていることを信じてください。
も 核心だと私は思います。
ダンマパタやスッパニパータはそれなりの論理的な部分があって 無理やり信じることなく自然と納得できるようになっている。
一方 正信偈となると、どこから出てきたかわからない 阿弥陀如来や法蔵菩薩の本願が出てきて 強く 眩く 静かで 美しい 揺るがない 世界に引きづり込もうとしている。 考える余裕なんかない。 すっかり打ちひしがれた人にとっては光明だが 衣食住が足りているにとっては どうでも良いことに思えてくる。
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